黒猫砂漠の物語

ETC


黒猫砂漠の物語


ちょいと、そこの旅人さん。
どこに行くんだい?え、黒猫砂漠?
どうしてそんな名前か知ってるかい?
知らないのだったら聞いておゆき。
黒猫たちのおとぎ話を。
月の砂漠の静かな童話を。


――――砂漠猫たちは、砂色の猫。
砂の毛並みに砂瞳(すなひとみ)
普通の猫は、三毛、しま、ブチと、毛色たくさん色とりどり。
けれどもひとつ、黒い毛だけは、どこを探してもいなかった。

それもそのはず黒猫だけは、ひろい世界にたったの2匹。
さあさあお聞き、黒猫たちの、最初の先祖の物語を。



もうどれくらい昔のことか、黒猫砂漠に名のなかったころ。
砂漠猫のなかにたった1匹、しっぽの先まで黒い猫が生まれた。
闇をまとった雌猫が。
毛並みは夜色、目は森の色。
名前を、シェルグリスといった。

シェルグリスの住むその場所は、
銀の光に黄金(きん)の砂、輝く泉のわきでるところ、
ひっそりとした砂漠の真ん中。

……砂漠黒猫シェルグリス、蜃気楼を見て暮らしてた。
色とりどりの蜃気楼。

人で賑わう《都》の風景。
砂漠の広さほど水のある《海》。
オアシスを全部集めたような《森》。
北の果ての《氷》と《オーロラ》、
そして《白夜》。
砂漠を通る旅人は、みな蜃気楼に見とれてく。


ある日、キャラバンが立ち去った後に、
シェルグリス、種の詰まった袋を見つけた。
赤・黄・茶。緑に青。
光り輝く不思議な種たち。
シェルグリス、ひとりきりで種を蒔いては歌ってた。

……名もない種たち
早ぁく育て
花を咲かせて
実をつけて
ここにオアシス
つくっておくれ……

銀の光に黄金の砂、輝く泉のそのそばで、
魔法は渦巻き、種は大地に根をおろす。
森の瞳の黒猫は、
森に似たすみかを手にいれた。

……残った種はひとつきり。
《白夜》の色した種がひとつきり。
蒔く気にどうにもならなくて、残した種がひとつきり。

砂漠黒猫シェルグリス、袋を木の中にかくした。
《白夜》の色した種を入れ、
はじめて根づいた木のうろに。


それからまた、幾歳幾月。
砂漠黒猫、ひとりぼっち。
誰とも会わずに、ひとりぼっち。
銀の光に黄金の砂、豊かな緑のすみかでも。
いつでも蜃気楼は見えるけど。
話す相手は植物だけ。
誰とも会わずに、ひとりぼっち。

シェルグリス、幸せ?

銀の光のお月さま、
闇で水浴びするころに、
ひとりはいやだとシェルグリス、
そらにむかって歌い出す。

誰か私に会いに来て
どんな人でもかまわない
誰か私に会いに来て

……けれども もしも 私とおなじ
夜の色の猫 居るのだったら
どうか私に会いに来て
この砂漠まで会いに来て


一日一日、月は太っても、
会いに来る人、ひとりもいない。
ひとりはいやだ、ひとりはいやだと
砂漠黒猫、歌い続ける……


銀の光と黄金の砂、最もまばゆき夜だった。
砂漠黒猫シェルグリス、すみかに旅人迎えてた。
髪は黒くて、瞳は白夜。
人の姿に匂いは猫。
いったいぜんたい、どんな人?
砂漠黒猫シェルグリス、どうか話を聞かせてほしいと
必死で旅人起こしてた。
自分をみるなり、
「やっと、見つけた」
そう言い、眠りにおちた旅人を。

その夜、シェルグリス、夢をみた。
夜の毛並みに、白夜の目。
おなじ黒猫、語りかけてる。

「はじめまして、砂漠黒猫。
僕は猫人(ねこびと)アクアルナイト。
君をさがしてここまで来たんだ。
たったひとりのおなじ夜猫」

「はじめまして、アクアルナイト。
私はシェルグリス、砂漠黒猫。
あなたは夜猫?アクアルナイト。
どうして、目覚めてくれないの?」

優しい光の白夜の目。アクアルナイトは話し出す。

「これは僕にかかった呪い。
夜闇猫人(やあんねこびと)にかけられた呪い。
解き放てるのはおなじ猫だけ。
―――森の目の夜猫、君だけだ」

「解けるのが、私だけ?
あなたの呪いは、どんなものなの?」

「僕の呪いは眠ること。
世界でひとりの猫に会ったとき、
そのままずっと、眠り続けること」

「たった、ひとりの……
それは私ね?アクアルナイト。
どうすれば、呪いは解けるのかしら?」

夜闇猫人アクアルナイト、
すこし悲しげに笑って言った。

「砂漠黒猫シェルグリス
もしも猫人になってくれて
もしも僕を愛するならば
月の消えてくその夜に
白夜の種を探し出し
白夜の種をのみこんでおくれ
そしたら僕は、目覚められる」

砂漠黒猫シェルグリス、
それから長く、悩み続けた。
月の消える日、知っていても。
白夜の種を、持っていても。
私は――誰かを愛せるのかと。


そして1月すぎていき、ふたたび満月巡り来た。
砂漠黒猫シェルグリス、
自分の気持ちにやっと気付いた…
アクアルナイトと話がしたい。
夢の中でなく彼に逢いたい。

(私は、彼を愛しているの?)

月が静かに消えていき、辺りを闇が包み込む。
最後の銀の光の中で、
砂漠黒猫シェルグリス、愛しい者のためであればと
白夜の種を、のみこんだ。


………白夜の種は、魔法の種。
猫人になる、ふしぎな種。

呪いの解けたアクアルナイト、砂丘の上に彼女を見つける。
波打つ髪は、夜の色。
こちらを見る目は森の色。
アクアルナイトとシェルグリス。
銀の光に黄金の砂。
大きな満月、照らす砂漠で、
互いをしっかり抱きしめた。


さあ、これで終わり。
黒猫たちの、最初の先祖の物語。
2人の子供、そのまた子供、
黒猫どんどん増えてった。
人の姿と猫の姿と2つの姿の子孫たち。
髪も、毛並みも夜の色。

え、なんだい。いつのことかって?
聞くんじゃないよ?
おとぎ話に、日付けはいらないものだから。
あれぇ?もうこんな時間かい。
わたしは店を閉めなくちゃ。月が昇ってくるからね。
満月の日には出かけるんだよ。
店を閉めなきゃいけないさ。

ん?なんだい、旅人さん。
おや、わたしが猫人だろうって?
確かにわたしは夜の髪。
でも、そうだとは限らないだろ?

――知りたかったら砂漠においで。
今日は満月、まばゆき夜。
銀の光に黄金の砂。昔、最初の黒猫が、
愛を誓った夜だから。
黒猫砂漠の月の下、黒猫たちの、物語。
運が良ければ、聞けるだろうさ。


さあ旅人さん、行ってらっしゃい。
これから先で………良い旅を。