「とわなるひと」
夜姫
(よき)の部屋は真白。
大きな窓がふたつ。
真白の窓枠と真白のカーテン。
真白の壁、真白の天井、小さな照明がひとつ。
これだけが夕暮れの金色。
だって夜は俺寝るからね。
照明、いらないんだ。
ぽつりと言った。
「ところで―――はるかちゃん。どしたの」
ゆーよりちょっとだけ低い、綺麗な声でそう尋ねる。
「うん、ちょっとね。巫呼斗
(みこと)のところにいたくなくて」
「何、けんかでもした?」
さらさらの黒髪。
ゆーとは違って短い。
真直ぐなのは同じだけど。
黙って首を振ったら、
「いいよ俺は。何日いたって。どうせこの家俺たち2人きりだし」
今ひとり増えたってたいしたことない。
朝っぱらから転がりこんだわたしにもそう。優しい。夜姫。
夜姫の部屋は真白。
大きな窓がふたつ。
決して直射日光は入らない。
どうなってんだろう。
日がな一日真白い部屋に寝っ転がって、ぼーっと窓の外を見てた。
気持ちがおさまるまでいなよって、部屋まで貸してくれちゃって、
夜姫。
優しいね。とても。
「ねえ」
ゆーに言う。ねえ。ねえ。
「夜姫って男の子?」
「そうだけど何か?」
ゆーは黒い睫毛にびっしり縁取られた灰色の目をまたたいて言う。
「あ、わかった。はるかにも聞こえたんだ。音。
それから香」
「―――え」
「この部屋だろ」
真白い部屋の入口にたたずんで。
ゆーはにっこり微笑うのだ。
「花のようで、
果実のようで、
または春の日ざしのようで。そんな音色と香がする――」
ゆーはぱらら、と腕をあげて、差招くように。
ひらひら。
「―――コイツは本当に男なのか?
少なくともワタシのイメージする男ではナイ」
くるる、と腕をひるがえす。
「まあね。俺がこんなんだからね、あいつもそうなのかもしれない。
かまわない。
とりあえずあいつは私の弟。
大事な半身」
ね?
真白の部屋へは入らずに、ゆーは微笑う。
「夜姫はねぇ。
「天使」で
「ローマンス」
「おまえに口づけしたよ、ヨカナーン」
「私の死」
「砂時計」
「ネリネの花言葉」……
―――とわなるひと」
とわなるひと。
秘めたる睦言のように。
「そんなイメージ。私の大切な人は」
夜姫の部屋は真白。
夕暮には黄金色に染まる。
窓を開ければ風が吹き抜けていく。
「いっつも白い部屋じゃないよ」
今日はゆー、入口に座りこんで、寝転がるわたしに言う。
「1色で染めるのはそりゃあ好きだけど」
自分の黒い髪をもてあそんで。
「今はね、キャンバスの気分だろ。あの天使は」
静かに黄金色が夜に染め変わる。
ゆーが小さく詠った。
「せかいのはてからわざわいがやってくる――
もう まえから わたしのなかにあったのか――
それとも もろもろのすべてのうちにあったのか――
さあ なにもかもをかたわらにとりのけて――
あなたのうちに せかいがそそがれる――」
天使
ローマンス
おまえに口づけしたよ、ヨカナーン
私の死
砂時計
ネリネの花言葉
キャンバス
そそがれるせかい
―――とわなるひと―――
わたしはガバリと起きあがる。
ゆーは、ぱちんぱちんと爪を切っている。
雨が降っている。
2人で夜姫の部屋の中。
「もうすぐ来るよ」
ゆーが言う。
何が来るの。
わたしは聞かない。わたしは知っている。
このそそがれた世界からわたしが抜け出て帰る時間。
「とわなるひとによろしくね」
笑っていったらゆーはキスをくれた。
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