綺羅・雲母

四神
幻夢譚


  綺羅の夢、雲母の幻



「俺、かけおちするんだ」
 唐突に彼は言った。聞かされた友は、耳を塞いだ。
「いい。言うでない。誰と、とか何処へ、なんぞ聞きとうないわっ」
「そんなつれないこと言わずにさぁ、聞いてくれよー静(ジン)ー」
「嫌だ」
「かけおち」なんぞと言うからには追手のかかりそうな娘々(ニャンニャン)となのだろう?
 的を射た友の言葉に、彼は極上の笑みを浮かべて頷いた。
「そういう場合に行方を問い詰められるのは吾(わたし)に決まっておるわ。
言うな。言うでないぞ」
「うん」
 素直な彼の返答に、ほっとしかけた瞬間に、
「〈朱雀〉の妹ちゃん」
「―――ッ!」
「そんで、人界に行くから。門使うよ?」
「熾Y(シーイェ)!そなたという奴はッ」
「知らないって言っておいてよ…当分帰らないから」
「……炎に、惹かれたのか?」
「そうみたいだね。俺、火龍だし」
「幸せに……」
 途切れた友の言葉に、彼は微笑んでみせた。
「なるよ。勿論。炎華公の名に誓って。―――朋友(とも)の静に、嘘なんかつかない」

―――――そんなことを言って、二度と帰らなかった火龍がいた―――――



「静様。あなたに、託します……わたくしの命は間もなく絶えましょうから」
 女は…いまや母となった女は言った。彼は呆然と女を見た。
「明昌(ミンシャ)殿。しかし……その子は」
「この子はわたくしと熾Yの……炎華公の娘です。
あまりに強大な炎を…持つ、子です」
「火龍と――朱雀に近しい者の血、か」
「わたくしには耐えられらない…この子の炎は強すぎて…」
 女はほうっと溜息をつく。
「わたくしの妖力はみな、この子にあげてしまった…ですから、静様」
 彼は静かに訊いた。
「―――名は、何と」
「c(ユイ)、と」

―――――そう言って、二度と帰らなかった美しい鳳凰がいた―――――



―――〈朱雀〉殿。この子は三度の回生を終えた朱雀の力を持つ。
今はまだ、あまりに幼くていらっしゃるが…。
―――ええ、静老大(ジンラオター)。愛しい妹の子です。僕は、ちゃんと育ててみせます。
―――では吾は朋友のために祈ろう。その子が幸せであれ、と。
―――はい。
〈朱雀〉はそう答えて赤子を抱いた。


……………そして〈玄武〉の静は火の領域から去り、その後長らく彼の地を踏むことはなかった。
朋友を偲ぶ縁(よすが)がそこに居ることを知ってはいても。




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