よきこときく

よきこと
きく


へぇえ、不思議な話。
冬は偽り、女、仮面、春は真実、男、……仮面?誰の話?
うん、そう、こないだ貰ったんだよ本を。
つい最近デビューしたって、えっと…そう、椿榎楸柊(しき)
シキ?
こういう字だよ。
夜姫は由帰の手のひらに、ゆっくり字を四つ書く。
冷え込んだ朝なのだ。
はりつめた空気が部屋を占めて…カーテンを開けたらきっと、
外には真白の雪。
朝の光にまぶしい、雪。
そう。きっと、そう。
でも一緒にここにいるからね。いいよ。
寒くないよ。もっと話、して。
夜姫。
…夜姫?


由帰、どうしたの。もう朝だよ。起きよう?
あ、ああ。…夢?
全て夢。
なべては夢。ことごとく――。
 光の中冷えた空気の中、夜姫はもうとっくに着替えて
朝の支度をしている。
 由帰はむくむくと布団にくるくるくるまりながら起き上がって、
 ぴったり静かな部屋を見回した。

 すべらせるように夜姫がカーテンを開く。
 ああ。雪の細かい不思議な光。まばゆいね。
 夢みたいだね。ことごとく――。
 ことごとく、夢?
 夜姫がそう言って笑う。絵本をひとつ、由帰に渡す。
 水面に浮ぶ仮面を上から覗く女の顔。
 青い、絵本。
 ………ああ。由帰は笑って、その四つの文字をたどる。

 椿榎楸柊(しき)

くすくす、由帰は笑う。
そして本を抱えて窓を開ける。
雪。
ことごとく夢のような朝の話なのである。




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