よきこときく

よきこと
きく


……ですから私は言いましたよ。我らくいなきみちを歩むもの、と。

「くいなきみち」


コンビニの廃墟の横を抜けて藪の中を通って、温室に行こう。
そこには希玖(きく)がいるのだ。
庭にいるニワトリを二羽やりすごして、希玖に会うのだ。
温室の扉は鏡の中の鏡の十三枚目。
そこを開ければ、白いキャンバスを緑の中に置いて、
白いたまごを見つめている。
希玖の、たまご。



たまごのデッサンをしていました。
日がないちにち、終日(ひねもす)のたりくたりと。
ニワトリに名はつけませんでした。

卵を産む方が「お母さん」生まない方が「娘」。
…入れ替わったって気付きゃしません。だからこれで良いのです。
たまごをデッサンしています。毎日欠かさず一つのたまごを。
「お母さん」の卵を使います。白い卵です。並みのサイズの。
たまごを描くのは自分のために他ならないのです。
描いたたまごは目玉焼きにします。ターンオーバーの。
ひしゃげた太陽を作るのです。
そしてその太陽にかぶりつきます。
朝が、あまりに早くて白いので、
たまごは傷一つ無いなめらかなその表面を、ぽこん、とひしゃげさせます。
継ぎ目も何もなくなめらかに。
「お母さん」が庭でわたしを呼びます。
幾時(いくとき)なのでしょう。
夏場は丑三つ時を過ぎて、加速をつけて夜明けに向かう頃なのです。
冬場はとても寒いのです。まだ夜なのですから。
けれども、―――それは早くて白い朝です。



たまごをデッサンしています。命が生まれる訳が無いたまごを。
けれども入口も出口もない、継ぎ目も何もない不思議な容器を。
卵が腐ることはあるのでしょうか。多分あるのでしょう。
卵は食べられます。有機物です。
腐ったらどうなるのでしょうか。破裂してしまうのでしょうか。
「お母さん」の生む卵は白くてうすピンクで、なめらかです。
ザラザラの方が可愛げがあっていいと思います。
とりあえず、わたしはたまごを描きます。
毎日欠かさずひとつのたまごを。
描いたたまごを目玉焼きにします。サニーサイドアップ。
黄身の固まらない太陽を。




夢を見ました。甘く悲しい貴方の夢を。
夢を見ました。儚く幼い貴方の夢を。
猛り狂う獣を、生くる屍を、燃える大地を、
親しき友人の、愛すべき家族の、自然の鳥達の、
過去を未来を現在を。
万物は、何もかもは、生き、死に、夢を見る、
それが何を現すのか知りもせずに。
その先に何があるのか分かりもせずに。




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