一瞬の永遠、永遠の一瞬

四神
幻夢譚

 〈青龍〉こと玲(リン)ちゃんとその側仕えたる〈昇陽(あがり)〉の冴幻(フファン)。冴幻は武人よ?褐色の髪は一部だけ長くて編んであるの。あれいーわよねぇ。あたしもしてみたいわー。剣の腕がすっごく良くてね……あ、もちろん玲ちゃんだって武装した時はとんでもないわよ?あの儚げで超おしとやかーって感じの外見からは想像もつかないくらいに鋭い剣よ。…さすが〈青龍〉ってとこかしら。
 玲ちゃんっていったら、やっぱ、あの青の強い紫の目よね♪あたしみたいに紫!っていう色じゃなくてねー。海に映った朝焼けの紫色みたいに綺麗な色なの。玲ちゃんって物事スッパリ決めるし、冴幻はあれで案外繊細に物事見てる人だから、主従関係としてはすっごく良いと思うわー。

 〈朱雀〉ことc(ユイ)ちゃんとその側仕えたる〈山陽(みなみ)〉の里零(リリン)ちゃん。この二人、可愛いわよねぇ〜!cちゃんってね、力はすっっごく、強いのよ?まぁあの発火現象見てればわかるでしょ?ちょっと制御が微妙なのよね、まだ。アレは化けるわよ。うん。
 それで、お付きが里零ちゃんね。可愛い顔してヤるときゃヤるぜ…って感じ?里零ちゃんっていえばあの開かない右目よね…あんなに鮮やかな黄橙の髪に、左の目は深緑よ?すっごいキレイな組み合わせじゃない。…でやっぱり右目は色違うのかしら?cちゃんがあの通り、紅髪に赤の強ーい紫の瞳でしょ?とっても派手!よね、あの主従。華やかって感じで、いいわよねぇ、うん。とにかく、二人ともかぁいいのっ!

 〈白虎〉こと祥(シアン)くんとその側仕えたる〈没陽(いり)〉の楓(フェン)ね。楓はねー、陰険。目だけは薄曇の色でずいぶんと甘やかだけどねっ。……ま、あんなに仲良い主従も見たことないけど?――あぁ、さっきケンカしてたわね。…違うか。祥くんが一方的にキレてたわね、あれは。かわいそーに。
 そうそう、甘やかっていえば祥くんの目の色よ。灰色。同じ灰色なのに、ああまで静(ジン)と違って柔らかいのも素敵よねー。祥くんは外見めっちゃくちゃカッコいいのよ。美人っていうより、カッコいいの。人間でいう十八くらいよねぇ、外見…人間から見たらあたしの方が断然若く見えるわよね。うーん、不思議だわ。楓は…楓は祥くんにすっごく甘いのよね。他の人には嫌んなるくらい厳しいくせに。頭いいけど腹黒いわー。……とりあえず良い主従関係ってことにしときますか。ん。

 〈玄武〉こと静とその側仕えたる〈水陽(きた)〉の英(イン)くん。英くん……あたしには掴みどころない人だわ。ってことは向こうもあたしを掴みどころがないって思ってるのかしらね?でもあの夕焼けの橙の目は誠実だわ。うん。静の側仕えだからちょっとくらいトボけてる素直なコの方がいいのかも、よね。たしか冴幻より年上だったかしら?ぽよよんしてるのよねー。
 で、静だけど。静は…あんなに可愛いくて、年寄りで、子供で、人生謳歌してるヒト見たことないわ。あと、あんなにもモテまくり…男女問わずね…。静の目って銀灰色でさ、あんなに子供みたいなのに老成してんのよね。まぁ本人実際おとしよりだからね。ふふ。――でも一番争いが嫌いで、一番優しい〈玄武〉…。――怒ると怖いけど!静は久しぶりに気に入った〈水陽〉に出会えたみたいね。英くんに甘えてるあの姿ってば!…そうか、英くんは従者バカなのね〜よかったぁ。だから、ここの主従関係もとっても良好よね♪

 あたし?あたしは天帝陛下、地帝陛下、両方に等しく仕えてるのよ。望(ワン)と開(カイ)は、もうこーんなちっちゃい頃から見てるもの!もう扱いにくかろーが何だろーが、親心よ。可愛いわ!…いや、望のヤンチャっぷりはちょっと、静に悪いなぁ、とか、そうも、思うけど…。



 青い蟠桃(ばんとう)の下を歩けば少しは気分が落着く。ふわりとした風の運ぶ、甘い桃の香に、祥は悔しげに溜息をつく。
「―――ずるいよッ、楓!!」
 絞りだした声は青い桃の後ろ、青い空に吸いこまれる――と思われたが、
「どしたの?」
 の〜んびり。とした声が返る。
祥は視線を上げて――不思議な男と目が合う。



「里零、里零!」
 やわらかに呼ぶ声に、里零は顔を輝かせる。
「―――英?」
 振り向いて、夕焼け色と目が合う。
「きゃぁ、英!もう来てたの!」
 とと、と近づいて、控えめに、でもしっかり抱擁する。
「静様、最近お疲れだから早く来て早く帰るつもりだって言ってた。きみは?」
「さあ…c様も早く帰られるかも。少しでも長ければいいのに」
「あ――ま、いいよ。帰るまで…楽しもう?」
「ええ!」
 恋人たちは手に手を取って、楽しげに歩んでいく。



 そこより少し離れた場所に静は居た。
 正装すると飾りやら何やら重くって仕方ない。何回目になるか、溜息をついて、うんざりした顔で首をちょっとかしげた。
「あら、静様!」
 鈴を振るような、とはこのような事を言うのだろう。かろやかな声と共に、藍色の髪を高々と結い上げた美しい女性が、はんなりとした歩みでやって来る。周囲が少し、ざわついた。静は微笑する。
「これは次期どの。ご機嫌麗しゅう…」
「あら静様。わたくし、もう〈次期〉ではございませんことよ?」
 黄緑の目がいたずらっぽく細められた。
「これは失礼、遙池金母どの。ご機嫌いかがかな?」
「最高ですわ。あなたに会えましたもの」
「おやおや、ご夫君を放って吾(わたし)では、ご夫君の悋気にあてられてしまうのう!」
「あら…。わたくしの夫はそのようなタチではありませぬわ」
「ほう?」
 ふと静は疑問を覚える。西王母の夫――この真(ジェン)を見事射止めた男は誰であったか、と。尋ねようと思った瞬間、真はまぁ!と声をあげた。
「静様、お疲れでいらっしゃいますの?もうっ、そんなにやつれ果てなさって!」
「……やつれたは言い過ぎではないか?」
「いいえっ、明らかに先にお会いした時よりお痩せになって、隈なんかつくって、物憂げで!ちゃんとした生活してらっしゃいますの!?」
「生活はちゃんとしておるが…」
「ああもうっ…とにかく――こちらへ。お座りになって」
 真は強引に静を宴席に連れてきた。
「さ、周りはお気になさらず、楽にして下さいませね?」
「あ、…あぁ…」
 何がなにやら。ちょこんと座について、静はふうっと溜息をついた。
「……溜息の数が多うございますわね」
 呟くように言った真に、静は薄く笑った。
「わかってはいるのだ――最近、とみに気分が優れぬでのう。…本当は今日も早く退出したいのだが…それでは、あまりに水陽が可哀相かと思って…」
「可哀相――とは?」
「あやつ、山陽殿と恋仲なのだ」
 ふっ…と静は灰色の瞳を細めた。
「吾とcの仲が良ければ、あやつらも、もっと楽に恋を紡げるのであろうがなァ…」
「あら?まだcと仲直りをしていらっしゃいませんの?」
「仲直りも何も、cの方が先に吾を避け始めたのだぞ?」
「そうでしたかしら…」
「――ああ」
 静は空を仰ぎ、紫色の彩雲を見つけて、心底情けなさそうな声を出した。
「ああ、ああ、本音を言えばあの彩雲が――望が来る前に帰りたいものよ!」
「まぁ、それではわたくし、天帝、地帝と四方将神を揃えられない王母と言われてしまいますわ」
「…だから大人しく残っておるのだろうに、次期……ああ、もう、王母どのだったか」
「―――でも…」
 ゾッとするほど艶っぽく、真は微笑んだ。
「瑶池(ようち)のおてんば公主(ひめ)には変わりありませぬわ、静様」
「やれ、やれ」
 静はにこりとする。
「――おお、真、玲娘々(リンニャンニャン)がやって来たようだ―――」



「ね〜、どしたの〜?」
 宙に逆さに浮かんで、その男は脳天気に尋ねた。
「……!?」
 祥はこの見慣れない人物を見つめて、口をぱくぱくとさせるばかり。
 およ、などと言って男はくるりと天地を入れかえ、大地に軽く降りる。獣のように鼻をスン、と鳴らすと、ぱっと笑顔になった。
「風の匂い!」
「…へ」
「それに〜、この白い髪、甘い灰色の目だし、祥くんだ!風の主さまだ、そぉだろ?」
 にこにこと告げられて祥は困惑した。
「そう…だけど、……おまえ誰だよ」
 男はむー、とむくれた。
「ひっどい、祥くん私のこと覚えてないんだー。たびたび玄武のトコ来るくせにぃ。こないだも蟠桃会(ばんとうえ)の招待状、持ってきてくれたのに〜」
 わあわあとわめく男。背が高い…が華奢で、金やら茶やらの色の混ざったサラサラした髪で、瞳は呑まれそうな漆黒。どう記憶を辿っても、静老大(ジンラオター)のところとかで、会った覚えはない!……それを言ったら恨まれそうな気が、した。
(ひー、助けて楓…)
 思い浮べた名前に、また苛立ちが蘇る。
 みるみる悲しそうな表情になった祥を見て、男はまた、およ、と言った。
「わ〜、祥くん、ほんとにどーしたの?私、渾沌(こんとん)だよ。なんかあったんなら話してみなよ」
 ねぇ、ねぇと人懐っこく言う。――祥は驚いた。
「渾沌…?」
「そーだよ、渾沌宮だよ私」
 祥は楓のこともすっかり忘れて目をみはった。
「渾沌宮…って、森羅山の!? 静老大の!?」
 男は…渾沌はにんまりと笑った。
「そぉだよー、アレが私」
「うっそ…」
「嘘じゃないよー、私ここに居るじゃん。最近お仲間に会ってないけどさぁ」
「…仲間?」
「祥くんが珀姉呼んでくれると私、すっごく嬉しいんだけどな♪」
「は…はくねえ?」
「そうさー。珀姉は特別だよ?私らお仲間の長だもん」
 渾沌はうきうきと笑う。祥は目まぐるしく紡がれる言葉に呆然としていたが、
「あー、あのさ、渾沌」
「なーに?」
「…宴席に一緒に出てくれない、かな…」
「?」
 きょとんとした顔で渾沌は祥を見た。じーっと、見た。
「―――いいよ」



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